芬陀利華2号  
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工事中のものもあります。お許しを。
    九品往生 木村真証講述
勢阿撰
    聞名寺にて 片山 佳子
    死後に必ず報い有り 木村 真証
    家族ー柳茂家の不条理劇ー
         第一章
森田 義之
    我若見商店
         ◎男と女のいる風景
         ◎師匠と卵
村田 豊光
    二十歳の知恵熱 村田豊光
    雑草の詩
    フンダリケ☆☆☆旅行記 角 早予子
    お知らせ&フンダリーカクラブ 角 豊光
    百利口語(一遍上人御聖訓 )  

九品往生   木村真証講述  勢阿撰

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   『聞名寺にて』

                                                    片 山 佳 子

 

 和尚様が住職をしておられる京都の聞名寺には、当時まだ電話が引かれていなかった。和尚様とお話するのに、ちょっと電話でという具合にはいかず、境内に住んでおられる守安様のお宅に電話が付いてからも、いちいちお願いして和尚様を呼んでいただかないといけなかった。こちらでは晴れているのに、京都では夕立だったりして、大変ご迷惑をおかけしたものである。このことについて少々不便ですといった不服を申し上げると、和尚様は「カンを働かせて来て下さいよ」と言われた。

 和尚様に初めてお目にかかって以来、私はどういう訳か磁石に惹かれるように、和尚様にお会いしたくなることが多く、何かというと聞名寺まで出かけていた記憶がある。それに私のカンはまあまあの的中率で、十回の内八回はお目にかかれたように思う。そのようなある日、夏のことで、今佛教研究会が開かれている広間で、ふすまもはずし、外側のガラス戸も明けて風が吹き抜ける中で、私は和尚様にいろいろ尋ねごとをしていた。

 「和尚様、地獄いうものあります?」

 「そらありますよ。灼熱地獄、黒闇地獄、阿鼻地獄(いろいろ名前を並べられて)、お経に書いてある通りですよ」

 「(えらいこっちゃな、と私。幼い頃、生まれ育った神戸の新開地の一角で開かれていた地獄巡りの興行を見て、一週間ほど恐ろしくて夜眠れなかった覚えがある)そしたら、極楽もあります?」

 「勿論ありますよ。大きな色とりどりの蓮の花、八功徳水、きんきん満々の宮殿、これまたお経に説かれている通りですよ。」
  この折だったと記憶しているが、釈尊のお弟子の難陀が、修行中に地獄と極楽の有様を見せられた話をしていただいた。釈尊の通力で、天上界の天人たちが難陀のために宮殿楼閣を用意しているのを見せられた難陀は、それこそ有頂天になり、では地獄はと、ほんのついでに聞いたのかもしれないが、そこでは地獄の獄卒たちが大釜に煮えたぎる湯を用意して難陀を待っているのだった。彼は文字通り震え上がって修行に邁進した。そういう話だった。

 そうか、地獄も極楽もあるんやなあと、私は一方で地獄の存在に恐れつつも、他方で、死なない生命があるのだと言うことに納得し、かつ安心した。と言うのも、このころ私は死ぬことが大変恐ろしく、肉体ばかりか意識も消えるというのが想像もできず、毎夜寝る度にこのまま死ぬとどうなるのか、考えただけでぞっとしたものだったからである。ところが今度は、人間死んだらどうなるのか、大いに心配になってきた。いきなり地獄、すんなり極楽というのでないとしたら、人間死んだらどうなるのかしらと気がかりになったのである。これについては、このあと和尚様から輪廻や信仰について伺うようになって、少しづつ了解できるようになった。

 この前後、私は和尚様から不思議な話をいっぱい聞かせていただいた。その内の一つが今でいう念写であった。何枚か法事の折りの集合写真を持ってこられて、ここに参会者とは違う人物が写っているでしょ。これはどう考えても、回向してもらっている当の精霊に違いない...云々と言うものだった。言われてよく見てみると、写り具合がボンヤリしていたり、顔や上半身が他の人より小さかったり、参会者と同列に並んでいなかったりしたので、私は和尚様の説明通り、死者が法事に列席したのだと了解できた。

 その続きに「弘法大師と言うお方がおられるでしょう。この方は目許の涼やかな、本当に宗教的天才という顔をしておられますな」と言われた。この頃私は高野山大学へ出講していたし、奥の院にも宿坊の本堂にもお参りしていたので、画像の御大師様はよく知っていた。だから、このように和尚様に言われたときは、まああのお姿からしたらそうもいえるかなあ...くらいに内心思ったのである。すると和尚様が、「知りませんか、写真があるの?」「??」ということで、和尚様は、今は結構知る人が多くなっているが、その御大師様の念写の写真を出してこられたのである。この写真はおそらく誰が見ても、和尚様の言われた「宗教的天才」という表現にぴったりである。事実私もそこに生きた御大師様の姿を拝する思いであった。

 「焼き増しさせてもらっていいですか」

 「いいですよ」

 というわけで、それをお借りして、当時私の住んでいた箕面市の駅前にあった写真館へ持ち込んだ。こんな(というのはもったいない話だけれど)訳の分かりそうにない写真の複写をしてくれるかしらとおそるおそる差し出すと、その店の主人が一見するなり、「ああ、弘法大師の念写やね。私が現像したからよう覚えてるわ」と言われたのには、こっちの方がびっくりしてしまった。おかげでこれ何なのやなんて質問されたらどう答えようかと、内心心配していたことは危惧に終ったのである。五枚くらい焼き増ししてもらって、何人かの人に差し上げ、いろんな人にも見せた。本当に御大師様かどうかについては、みんながみんな百パーセント信じたわけではなかったが、それでも並の写真ではないと納得してくれたようだった。この念写の経緯については、高野山金剛峯寺の出している『聖愛』と言う雑誌で見たように思うが、今は一寸記憶が定かでない。


                     


  『死後に必ず報い有り』

                              木 村  真 証

 仏教を学ぶ(求める)場合の第一歩は、先ず死後の世界(後生)を認める事だと私は思います。彼の世を否定して仏教を求めましてもそれは全くの徒労であり、まさに、「木に寄りて魚を求める」愚にも等しいと、私は思うのでありますが、お釈迦さまも大無量寿経の中で、「先聖諸仏の教法を信ぜず、死して後神明(霊魂)更りて生ずる事を信ぜず」と、お嘆きになられているのであります。ですから、私は人様に仏教のお話をさせて頂く時も、先ず此の事からお話をすゝめてゆく事に致して居ります。そして、若し他の人に仏教についてお尋ねする時は、「貴下は彼の世をお信じになりますか」と、先ず此の事からお尋ねなさいませ、と申すのであります。そして若し其の方が、「信じない」とか、「解からない」というお答えでしたら、其処から後はお聽きになる必要はございません、と申し上げているのであります。いささか潛越な云い方で恐縮ですが、これが私の宗教的信念でございます。

 ずっと以前の事でありますが、一人のお嬢さんがちょいちょい私の寺へ出入りなさっていまして、その方から色々と体験談を聞かしてもらった事がございます。此のお嬢さんは色々と神秘的な体験をなさっている方で例えばこんなお話をされました。

 其の方には一人の親友が有りまして、永い間の交際であったそうですが其の方が亡くなって満中陰(四十九日)も過ぎた頃、と云われましたか、或る晩の夢に其の友人が出て来られ、「私、おろしが食べたいのです」と、言ったのだそうです。「あの子はおろしが好きだったのかしら」、と思い乍ら其の翌日、早速そのお友達の家へおまいりに行って其の友達のお母さんに、「おばさん、私昨夜彼の子の夢を見ました。おろしが食べたい、おろしが食べたいと云いましたが、おろしが好きだったのですか」、と言いますとそのお母さんが大変驚かれて、「あの子はおろし餅が好きなんで昨日もお餅を供えたのですが亡くなって迄おろしはよかろうと思いましてお餅だけしか供えませんでした。きっとその事ですワ」と云われたそうであります。

 亡くなった方を夢に見られる事は、例外もございますが大抵の場合は「会っている」のだと思います。

 私の寺へ出入りなさっていた其の方(Aさんと致します)には一人のお兄さんが居られまして、此の兄さんはAさんとは対照的に彼の世とか霊とかを信じない方でした。いつも二人は其の事で議論になるのですがお兄さんは、「そんな事は迷信だ、お前も早くそんな考えは捨てないとしまいに気がオカシクなるぞ」という事で全く受け付けようともしなかったのだそうです。

 其のうちお兄さんが結婚なさったのですがお気の毒な事に三ケ月かそこらで其の奥さんが忽ち亡くなってしまわれたのだそうです。

 結婚なさって三月はよく「蜜月」と云われますが、そんな時期に亡くされたのですからその悲しみもまたひとしおで、お察しするにも余りある位でございますが、毎日祭壇の前でションボリとしていますのでAさんは、「お兄さん、亡くなった人にはお経を上げてあげるのが何よりも大切よ、そんなに悲しんで許りいないで少しはお経を読んであげたら」、と言うのですけれども兄さんは一向にお経を読もうとは致しませんでした。

 其のうちAさんが所用で故郷の岡山へ帰らなければならなくなり、十日余り京都を離れている其の期間にお兄さんが一通の手紙を持って私の寺へ訪ねて参りました。

「妹がいつもお世話になりまして」と前置きなさいまして、「妹は今岡山へ帰っているのですが、昨日こんな手紙をよこしました、一度読んで下さい」と云われて一通の封書を出されたのですがその手紙にはこう書いてありました。

「兄さん、私昨夜お義姉さんの夢を見ました。お義姉さんがこう言いました。 私、近頃嬉しい事が出来ました。Yさん(兄さんの名前)が私の為にお経を読んで呉れるのです。その声がまるでお琴の音の様にコロコロと響いて来て私は身も心も休すまる思いで過ごしています』と。お兄さん、近頃お義姉さんの為にお経を読んであげているのと違いますか」

 その兄さんは、私が手紙を読み終るのを待ち兼ねる様にして、「こんな事って有るのでしょうかネ」と言いました。

「勿論ございますョ」と申しますと、「ツマリ、霊魂は不滅という事でございますネ」
「そうです。霊魂が無いのでしたら仏教は成り立ちません。いや、仏教を成り立たせる為に霊魂を認める、というのではありません、霊魂が存在するから仏教も、そして他の宗教も成立しているのでありまして、其の霊魂の永遠の救済こそが仏教の使命であると、少なくとも私はそう考えております」

「いや、実は、妹からお聞きになっていられるかも知れませんが、私は今迄霊魂など信じていませんでした。そんな事は迷信と考えて居りました。そんな事で妹といつも議論をしていまして、妹はちょいちょい神秘的な体験が有りまして、 霊魂が無ければこんな事は説明がつかないでしょう』と言いましたが私はいつも、そんな事は偶然だ、と片付けて来ました。

 扨て自分の身に関係する事でこんな事が起りますと、やはり偶然で片付かなくなりました。私は毎日ションボリと過ごしているので妹が、 死んだ人にはお経を読んで上げるのが一番の供養になるんだから、ちょっとお経を上げてあげたらどう?』と言って仏壇の引出しから〈在家勤行集〉を出して私の手に無理に渡しましたが私は読みませんでした。

 その妹が岡山に帰り、意地を張る事もなくなりましたし、成程死んだ人にお経を上げるのはしきたりだし、少しは自分の気休めにもなるだろうと思いましてお経を読んでいたのです。その事を妹に知らせていませんから、私がお経を読み出した事は妹は全く知らないのです。ですから、妹は矢張り夢に依ってそれを知った事は間違いないのですが、妹にはこんな体験がしばしば有りまして、 これが霊魂の有る証拠でしょう』とよく言いましたが、矢張り霊魂は存在するのですか」、と、そんな会話が私達の間で交されました。

「霊魂は不滅です。私にもこんな体験がありますよ」、と言って次の様な体験談をお話致しました。以下は私の体験談であります。

 かって私の寺へ一人のご婦人が或る相談で訪ねてまいりました。其の婦人と対談致して居りますと婦人の傍らに一人の武士の霊が愁然たる面持ちで如何にも無念、といった有様で現れたのです。然も暗い部屋の中です。私は其の事を話しまして、これは御先祖に違いないと思います。御先祖の中にはそれは一人や二人、不幸な死に方をなさる方も有ると考える方が自然でしょうが、書き伝へや云い伝えでも無い限り俗名も戒名も解からないとは思いますが、然し、今日、私に言われた其の御先祖に、という気持ちを持って御回向して上げなさい、そうすれば其の御先祖に通じますから、と申し上げたのです。

 それから四、五日過ぎて其の婦人がまた訪ねて参りまして、

「私は此の前お邪魔させて頂いて彼のお話をお聞きした時には、半信半疑でございました。家に帰って其の話をお舅さんに話しますとお舅さんは顔色を変えてお仏壇から過去帳を出して来られ、 其の先祖は此の人だ』と云って居合わせた家族に過去帳の中の一人の戒名を指さしましてこんな話をして呉ました」、と言って婦人は私に次の様な話をして下さいました。

 其のご先祖は勿論武士で、京都の二条成に仕えていたのだそうですが、或る夜、城に盗難事件が起こり、宿直(昔はとのいと言いましたが)であった其の先祖に嫌疑が掛かったというのです。これは濡れ衣で私は無実だといくら言っても認められず、「犯人の出る迄入牢申し付く」という事で牢に入れられたそうなのです。宿直者として盗難事件を起こした責任は致し方はないけれども、自分が其の犯人であると疑われるのは誠に武士として残念至極、という事で牢の中で舌を噛んで憤死した、というのでした。其の婦人はお舅さんから其の話を聞く迄は御先祖の中にそんな方が有ったとはつゆ知らなかったのです。

 私はAさんのお兄さんに此の話を致しまして、「たった一回の体験、というのなら或るいは偶然、といわれても本当に仕方が無いかも知れませんが、私にも此の様な体験は沢山ございます」、と言って、其のほか二、三の体験をお話し致しました。

 「いや、有難うございました。私も妹の手紙を読んでまるで電撃にでも打たれた様な気持ちになったのですが、何時も御住職のお話を妹から聞いて居りましたので一度御住職にお目に掛かってこのお話を聞いて頂き、私自身の今迄の考えに最後の終止符を打ちたかったのでございます」と挨拶されて、如何にも晴れやかな面持ちでお帰りになりました。

「彼の世なんて有るものか」、という様な単純な思い込みで定めてしまう事は厳に慎むべき事ではないでしょうか。

 此の世の一生でも、「明日は明日の風が吹く、明日は明日の風が吹く」、という様な気持ちで其の日其の日を暮らしていましては、末には人生の落伍者になってしまうでありましょう。彼の世を信ぜず、死後の用意もして置かずに死んでしまっては、彼の世でどんなに後悔しましても、も早手遅れというほかはないのです。

 こんなお経がございます。

「世に愚かなる人多し。財有れども惜しみ守りて施さず、万億の財を積みて是れ吾が物なりと思えり。命終らんとする時に臨みて眼に鬼を見、刀風形を裂きて出入りの息絶ゆ。貪りの軽重に從いて苦痛の報いを受け、罪を受くる所に從いて自ら悔ゆとも何ぞ及ばんや」

 皆さんは鬼や地獄をお信じになりますでしょうか。鬼は存在します。地獄も存在致します。

 私は、鬼に監視されている人(霊)も見ましたし、黒闇地獄に堕ちている人の姿も見た事が有りますが、そうした人々の現世に於ける行ないは、お聞きしますと矢張りそれにふさわしい様な行いでした。

 右の二人は、これも訪ねて来られたお客様の傍らに現われた霊の姿なのです。

 

         経に曰く

                   

  水渟(シブキ)微なりと雖も漸く大器に満つ
 小悪と軽んじて以て罪無しとすること勿れ

  死後に必ず報い有り。


 
             

フンダリケ

 
赤紫

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